前回の記事の最後にエリク・エリクソンが登場しました。エリクソンというファミリーネームは、彼がアメリカの市民権を得る際に自分でつけた名前です。「エリクの息子」という意味で、北欧ではよくある名乗り方です。知人にクリスチャン・クリスチャンセンというアイスランド人がいますが、「クリスチャンの息子」という意味ですね。妻さんのノラとの間に男の子がいますが、成人したら「クリスチャンセン」または「ノラソン」のどちらかを選ぶのだそうです。
エリクソンの実の父親は不明です。彼の母はユダヤ人で、エリクソンが幼い時に同じくユダヤ人の男性と結婚しました。そして夫婦は、エリクの実の父のことは一切隠して彼を育てました。しかしそこに嘘があることは簡単にわかりました。親戚たちのひそひそ話、エリクに対して誠実だが、腹が座りきらない義父のちょっとした言動、そして何よりも自分だけあまりにも異なっている外見…。エリクは、ユダヤ人コミュニティではよそ者で、同時にドイツ社会ではユダヤ人として差別されました。
秘密を抱え込んだ家族、自分は何者なのかという問いは、若いエリクをひどく苦しめましたが、やがて彼は精神分析に出会いウィーンで活躍を始めました。しかしヒットラー率いるナチス党が勢力を増す中エリクは、妻となったジョアンがカナダ出身だったこともあり、米国への移住を決断しました。
アメリカに渡ったエリクソン夫妻には、カイ、ジョン、スーという二男一女に恵まれます。そして4人目に、大変な難産の末に生まれたニールはダウン症でした。当時の知識人階級の間では、障がいを持って生まれた子どもを大事に育てるという考えは普及していませんでした。決断を迫られたエリクは、友人の勧めに従って、ニールを施設に入れました。そして3人の子どもたちには「4人目の子どもは死産だった」と告げたのです。さらに、長男カイの追求に耐えられなくなった彼は、彼に真実を打ち明けた上で、弟妹には言わないようにときつく口止めをしました。こうして、エリク自身が苦しめられた「秘密を抱えた家族」を、彼自身が作ってしまったのでした。長男を共犯者にして…。(次回に続く)
※ 参考文献「エリクソンの人生」(L.J.フリードマン著、やまだようこ・西平直監訳、新曜社)
※ちなみに、ニールが生まれて数年後にエリクソンは「スポック博士の育児書」で有名なスポック博士と一緒に仕事をするようになります。歴史にもしも…はないとは言え、彼らの親交の始まりがもう数年早ければ、ニールはエリクソン家で育った可能性が高いかもしれないですね。
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西垣順子<大阪市立大学 大学教育研究センター>
滋賀県蒲生郡日野町生まれ、京都で学生時代を過ごす。今は大阪で暮らしているが自宅は日野にある。いずれはそこで「(寺じゃないけど)てらこや」をやろうと模索中。老若男女、多様な背景をもつ人たちが、互いに互いのことを知っていきながら笑ったり泣いたり、時には怒ったりして、いろんなことを一緒に学びたいと思っている。著書に「本当は怖い自民党改憲草案(法律文化社)」「大学評価と青年の発達保障(晃洋書房)」(いずれも共著)など。
「心をコントロールしたい」ということ(3)
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