昨年のポテサラ論争で「母親ならポテトサラダくらい作ったらどうだ」と見知らぬおじさんが総菜を買うことを批判したそうですが、昔から市場や商店街には煮豆や佃煮を売る総菜店がありました。関西だけでなく関東でも一般的だったようで、母親が家庭料理を作るようになったのは、NHKの「今日の料理」が人気になった頃からだと作家の中沢けいさんはつぶやいています。(ちなみに肉屋にコロッケを買いに行く犬がいたとも)
「京の台所」と言われる錦市場にも総菜店があって、特に「井上佃煮店」の「いかみょうが酢」がお気に入りでした。井上佃煮店は創業明治17年という135年の歴史を持つ老舗。当初は瀬田のしじみを荷車で錦まで運んでいたそうです。店頭に並ぶ数十種類の総菜はすべて従業員の手づくりで、厨房にはお鍋や包丁はたくさんあるけど、機械は洗い機くらいでほとんどないとのことでした。中でもお気に入りの「いかみょうが酢」は「万願寺とうがらし昆布」と共にかつて農林水産大臣賞を受賞したこともある逸品。いかと胡瓜とミョウガを特製の酢で和えたシンプルな酢の物ですが、シャキシャキした食感とさっぱりした味わいは、簡単そうで、家ではなかなか出来ないプロの味。けれども「井上佃煮店」は、惜しまれながら2019年の12月に閉店してしまったのです。もうあの味を二度と食べられないと思うと、とても残念でした。
ところが、昨年9月に下鴨にあるスーパー「フレンドフーズ」を久しぶりにのぞいてみると、総菜売り場に以前はなかった「京・錦小路 井上」のシールを貼った総菜がたくさん並んでいて、ビックリ。大好きないかみょうが酢もありました。井上佃煮店の味に惚れ込んだフレンドフーズの若き社長が井上佃煮店の元社長を粘り強く説得して復活させ、店頭に並べることを実現したとのこと。昨年10月には「井上佃煮店復活祭」と称したフェアも開催。こちらのnoteにその経緯が書かれていて、とても興味深い。社員として迎え入れ、いずれまた独立した「井上佃煮店」をやって欲しいというフレンドフーズの社長の心意気も素敵です。店頭に並ぶ総菜はその日によって違うそうですが、平日の午後3時以降にのぞくといかみょうが酢に出会える確率が高そう。プロの技を感じる総菜が、コロナ禍の食卓を豊かなものにしてくれることに感謝です。