ようやく日常生活が戻ってきた感じですね。皆さんの作品をみても、なまざしを外の自然界に向けたものが増えたように思います。わたしも心楽しく読ませていただきました。さっそく順に鑑賞してみましょう。
〇そよそよと濃淡反す山若葉 美春
【評】そよぐたび、若葉が裏になったり表になったりしているのですね。上五をもう少し強めにして「ひらひらと」でもいいかもしれませんね。あるいは「そよぐたび濃淡返す山若葉」でもいいかもしれません。
△~〇一休み首筋に落つ樹雨かな 美春
【評】「樹雨」(きさめ)とはめずらしい季語ですね。少し語順を入れ替え、「首筋に落つる樹雨や一服す」でいかがでしょう。
△夏蕪甘酢の匂ひやはらかし 蓉子
【評】匂いがやわらかいという表現がやや気になりました。「夏蕪の肌やはらかき甘酢漬」でどうでしょう。
△~〇短夜や夫の寝言歌唄ふ 蓉子
【評】なかなか面白い句です。これでは周囲の者は寝付かれませんね。「歌」と「唄」の重複をなくすため少々手を入れ、「短夜の夫が寝言に歌ひ出す」としてみました。
〇浴衣着て日焼けの首の恥ずかしさ 白き花
【評】艶やかな浴衣姿だからこそ「恥ずかしさ」という一語が生きます。結構でしょう。
〇~◎蝉の声蒸気となりてまとわ(は)りぬ 白き花
【評】蝉の鳴き声が蒸気になるとは何とも斬新なとらえ方です。しかし、言われてみればその通りだなあと感じます。「まとはりぬ」まで言わなくてもいいようにも思いますが、とりあえずこの形で残しましょう。
〇義元の墓前に拾ふ落し文 音羽
【評】今川義元の墓所(胴塚)は豊川市牛久保の大聖寺にあるのですね。ネットで写真を見るとたしかに落し文がありそうです。きちっとできた写生句です。
〇揚羽蝶尿(ばり)を放ちて飛びにけり 音羽
【評】蝉が尿を飛ばして逃げる場面は何度も体験していますが、揚羽蝶にもそんなことがあるのですね。生き物ですから水分を排泄しても何の不思議もないはずですが、正直びっくりしました。少し詩情には欠けるものの、発見のある句ですね。
△~〇夕あかね墨滴のごと蚊食鳥 妙好
【評】面白い見立ての句だと思います。ただ、「墨滴のごと」だと静止している感じですが、コウモリは激しく動いていますよね。また、墨滴を際立たせるなら背景はあまり赤くないほうがいいかもしれません。「黄昏に墨散らすごと蚊食鳥」「墨滴の飛び散る如く蚊食鳥」など。
△~〇麦秋の色よく揚がる花林糖 妙好
【評】「色」は「よく揚がる」に接続するのですよね。しかし一読したとき「麦秋の色」と受け止めてしまいます。いったん切れを入れ「麦秋やこんがり揚がる花林糖」くらいでいかがでしょう。
△桜桃の種飛ばし合ふ馬防柵 マユミ
【評】馬防柵というと長篠・設楽原決戦場跡でしょうか。なぜそこでサクランボの種を飛ばし合っているのか理解できませんでした。もう少しわかりやすいシチュエーションのほうがいいかもしれません。「桜桃の種飛ばし合ふ校舎窓」など。
△騒がしや湯舟に落つる大百足虫 マユミ
【評】これはよく状況がわかります。ただ「騒がしや」では日常の意識から一歩も出ていません。日常感覚を非日常的な詩に昇華しないと、ときめきのある俳句にならないように思います。
△献血を呼びかくる声梅雨の晴 多喜
【評】よく見かける風景のスケッチですね。写生の練習としてはよいのですが、このままでは胸をときめかせる詩情を感じません。たとえば、呼びかける「声」がどうだったのか、もっと細部を描写すると何か新しい世界が開けてくるかもしれません。
△黐の花唯一遺れる郷の庭 多喜
【評】言わんとしていることは結構です。作者の深い思いが伝わります。あとは表現を整えることが課題ですね。「唯一」などの漢語は句を固くします。それに中七が字余りですね。「黐の花のみ遺りたり里の庭」「黐の花だけがよすがや生家跡」など。
〇~◎薫風や自粛解かれてタワ(ハ)シ買う(ふ) 織美
【評】「コロナ禍の緊急事態宣言解除」と前書があります。たわしは外来語ではありませんので、束子と漢字にしましょう(ちなみに平仮名なら「たはし」となります)。明るさとユーモアがあってとても良い句です。「薫風や自粛解かれて束子買ふ」。
△~〇兄守る早苗の根付く棚田かな 織美
【評】言いたいことはよくわかりますが、言葉数が多くてごちゃごちゃしてしまいました。「兄守る」は観念的。どう守っているのか描写して初めて俳句になります。しっかり根付いたのだから、お兄さんが大事に育てたことは自明でしょう。「ぴんと立つ兄の棚田の早苗かな」など、もう一工夫して下さい。
△~〇パソコンの蓋閉ぢにけりソーダ水 徒歩
【評】パソコンのキーボードを汚さぬよう蓋を閉じてからソーダ水を飲んだということですね。このような一連の動作を映像のように表現することは俳句向きではありません。俳句は絵画のようにある瞬間を切り取ったほうが力を発揮します。「パソコンの蓋にも飛沫ソーダ水」など。
△~〇夏帽を膝に祇園の人力車 徒歩
【評】膝に夏帽を載せているのはお客のほうですね。一瞬、人力車を引く人が休憩している景かと勘違いしました。正直なところ夏帽子と人力車の取り合わせで一句作るのは難しいですね。まして祇園を入れたら、わたしならお手上げ。「人力車弾み夏帽押さへけり」が精一杯です。
〇山の端のけぶりて今朝は梅雨に入る 万亀子
【評】きちんと写生ができた句です。あとは切れがほしいところです。動詞を一つ減らし、「山の端のけぶり今朝より梅雨入かな」としてみました。
〇老鶯の声は近くに山深し 万亀子
【評】とりあえず結構ですが、今一つ臨場感がありません。このような句こそ固有名詞を入れたいところです。「老鶯の声を間近に嵐山」など。
△風渡り水の温みや植田道 豊喜
【評】「水温む」が春の季語ですから、「植田」といっしょでは季重なりになります。植田の時期は水も陽光で温かいでしょうから、もっと別の描写を工夫して下さい。「植田道みづの匂ひの風わたる」など。
△園児らの走る姿や風薫る 豊喜
【評】一応できていると言えばできているのですが、だいたい園児はいつも走り回っていますので、いまひとつ新味に欠けます。おおざっぱに「走る姿」と言ってしまわず、もっと具体的かつ繊細に描写してほしいと思います。俳句は細部に宿ります。
△美術館出て楊梅一つ捥ぐ メロン
【評】本当に美術館を出て、ヤマモモを捥いだのでしょう。それは疑いません。しかし、「美術館出て」どうした、こうしたというのは俳句の一つのパターンで、無数にあります。もっと新鮮味のある表現を追求しましょう。
〇つるみたる雀蛾とまる二の腕に メロン
【評】これは類例のないユニークな句です。二匹くっついたままの雀蛾が腕にとまったのですね。よほど安心感を与えるやさしい腕をしておられるのだろうと想像致しました。
△風休む駅のやうなる合歓の花 永河
【評】ちょっとわたしには難しい句でした。「合歓の花が、まるで風の休む駅のようだ」と捉えたのですね。しかし、合歓の花を駅に見立てるのはかなり無理がありそうです。それと、そもそも駅は何かが休む場所ではなく、通過する場所だと思うのです。「花合歓は風休む場所○○○○○」のような仕立て方もありそうです。
△乙鳥や地上の青さ朗々と 永河
【評】これもわたしには難解な句です。「朗々と」は辞書で引くと「光などが明るく冴えている様子」とあり、用例として月光に使われることが多いようです。この句の「朗々と」は何をさしているのでしょう。「地上の青さ」も今一つ情景が浮かびません。草木のことだろうと見当はつけてみましたが。「地上」ですから水ではありませんよね。いっそ、「地球の青さ」ならば面白い気もします。燕と地球の取り合わせでいかがでしょう。
次回は7月14日に掲載致します。前日13日の午後6時までにご投句いただけると助かります。力作をお待ちしております。河原地英武
「カナリア俳壇」への投句をお待ちしています。
アドレスは efude1005@yahoo.co.jp 投句の仕方についてはこちらをご参照ください。