新年早々アメリカとイランの関係が緊迫し肝を冷やしましたが、とりあえず危機を脱したとみてよいでしょうか?
そうですね。散発的な軍事衝突は今後も起こるでしょうが、両国ともに本気で戦争する意図がないことだけははっきり分かりました。振り返ってみれば、アメリカ側によるソレイマニ司令官殺害にしても、中東から米軍を撤退させるための根拠作りだったと思われるふしがあります。
それはどういうことでしょうか?
昨年10月にもよく似たケースがありました。トランプ政権はシリアからの米軍撤退を発表しましたが、それが国内外から「弱腰だ」「無責任だ」との批判を浴びたのです。すると米軍は「イスラム国」最高指導者のアブバクル・バグダディを自爆に追い込み、これでシリアにおける脅威は除去されたとして、撤退理由にしたのです。今回のソレイマニ司令官殺害も同じ目的だったのかもしれません。たしかにこの事件を機に中東へ米軍が増派されることになりましたが、それは一時的措置であって、もう少し長い目でみれば削減路線は変わらないでしょう。
なぜ中東の米軍を削減しようとしているのですか?
これはトランプ大統領の公約でもあるのです。中東にかぎらず、外国に米軍を駐留させれば相当の経費がかかります。「アメリカ・ファースト」を掲げるトランプ氏にとってこれは無駄な支出だということになるわけです。
でも在外米軍の駐留は力のバランスや安全保障の観点から行われているのではありませんか?
従来はそうでした。しかしトランプ大統領の発想は異なるのです。彼はもともとホテルやカジノを経営し、不動産会社の社長として大成功を収めた実業家です。その成功事例をアメリカ大統領として適用しているとみていいでしょう。たとえていえば、トランプ氏は「アメリカ株式会社」の社長として辣腕をふるっているのです。企業であれば、赤字を出している地方の店舗はどんどん閉鎖するでしょう。それが在外米軍基地なのです。在日米軍基地も同様です。昨年11月17日付「京都新聞」は第一面に「米軍駐留経費5倍要求」という見出しを掲げていましたが、日本に対しても米軍にいてほしければ、もっとお金を出せということです。
トランプ大統領が自ら任じている使命は「アメリカ株式会社」を黒字にすることですから、赤字をもたらす中国と真っ向からやり合うのも当然でしょうし、経済的メリットがないTPPやパリ協定などから離脱するのも「経営者」としての判断だと見ていいでしょう。
その成果はあらわれているのですか?
はい。相対的にアメリカの経済は良好に推移しています。失業率は3.7パーセントで、これは過去50年間で最低水準だそうです。GDPは4.2パーセント、国民所得も2.8パーセントのアップ、個人消費も伸びています。トランプ大統領が自画自賛するほどではないにせよ、たしかにその政策は功を奏しているようです。
となると、次期大統領選挙でも勝利する公算は高いのでしょうか?
アメリカ政治の専門家たちの見方では、五分五分といったところですが、わたしはもっと高いと見ています。第一の理由は、今述べたように経済が比較的好調なこと、第二の理由は、この時期になっても今一つ有力な野党の候補者がいないことです。民主党からはエリザベス・ウォーレン上院議員、バーニー・サンダース上院議員、インディアナ州サウスベンド市長のピート・ブーティジェッジ氏、オバマ大統領時の副大統領だったジョー・バイデン氏の名が挙がっていますが、それぞれ高齢であったり、スキャンダルがあったり、経験不足だったりと、ぱっとしません。それと面白いのは、民主党候補者の公約の中身が左派的といいますか、社会主義的な色調を帯びてきていることです。サンダース氏などは「民主的社会主義者」を自認していますし。善し悪しは別として、わたしはトランプ大統領がアメリカを変質させたように感じています。
それはどのような意味でしょう?
先にも述べましたように、アメリカの「会社化」です。トランプ氏は社長、政府は重役会議、議会野党は労働組合(民主党の主張が左派的な点も似ています)、そして国民は従業員といったところでしょうか。トランプ氏の支持者の多くは白人の保守的なブルーカラー層だと言われますから、彼らは「従業員」と呼ばれてもそう腹を立てないかもしれません。そして大統領を頼りになる経営者(社長)と認識しているように思えます。
国家の「会社化」に何か弊害でもあるのでしょうか?
一般に会社では、従業員は社長の経営方針に口出ししません。今回トランプ氏は、イランの軍事指導者殺害を命じ、アメリカ国民を戦争に引き込みかねない危険を冒しましたが、それがあまり国民の反発も呼ばず、結果オーライで許されてしまう。ここに民主主義はありません。
会社が追求するのは社員の幸福ではなく会社の利潤です。社員は「人材」(人という材)として、会社の利益アップのために奉仕することが求められます。利益を出せないマイノリティーや弱者は「人材」から外され、お荷物扱いされ、社会の片隅に押しやられます。
かつてのアメリカは「理念の共和国」と呼ばれ、独裁国から逃れてくる人々をかくまう自由の天地でもありました。いまのアメリカから、そのような理想の灯が消えかかっているように思われてなりません。