シリアでは8年半前に内戦が勃発し、今日まで終わることなく続いていますが、内戦前の人口は2240万人でした。それが今日、1300万人の難民を出すほどになっています。人口の約6割が難民状態なのです。いかにひどい状況か察するに余ります。難民の内、約560万人が国外に脱出していますが、350万人がトルコで暮らしています。欧州へも100万人ほど流入し大きな社会問題を引き起こしていますが、欧州からするとトルコがシリア難民の「防波堤」になっているわけです。
そもそも8年半前、なぜ内戦が起こったのでしょう?
「アラブの春」と呼ばれる民主化の波が中東諸国を覆いましたが、シリアもその影響を受け、独裁色を強めるアサド政権と、民主化を求める反政府勢力との間の紛争が勃発したのです。しかし、この紛争に利害関係をもつ様々な勢力が介入し、国際戦争としての性格を帯びることによって、止めるに止められない戦いに発展し、現在に至っています。
紛争に介入している諸勢力について、もう少し詳しく説明してもらえますか?
まず内戦の混乱に乗じ、テロリスト集団「イスラム国」がシリアとイラクにまたがる広大な版図(日本とほぼ同面積)を支配下に収めました。彼らは民主主義の敵ですから、アメリカを始めとする有志連合の各国やロシアが軍事介入を開始しました。アサド政権を敵視するアメリカは、反政府勢力を支援しながら「イスラム国」と戦い、他方ロシアは、アサド政権を支えつつ「イスラム国」の征伐に乗り出しました。そしてここにクルド人勢力も大きな存在感を示すようになります。
クルド人とは誰ですか?
トルコ、シリア、イラク、イランにまたがる山岳地帯に暮らすイラン系少数民族(その大半がイスラム教徒)で、約3000万人いると言われます。自らの国家をもたない少数民族としては、世界最大規模の人口を有しています。彼らはシリア内に独立した版図を持とうとしていましたからアサド政権とは対立関係にありました。しかし「イスラム国」との戦いにおいてアメリカと協力関係を結んだため、シリア北部に自治地区を創設することに成功しました。ところでこのクルド人を最も警戒している国がトルコなのです。
どういうことでしょうか?
トルコ国内には分離独立を求めるクルド人組織(「クルド労働者党」)がありますが、その組織がシリア内のクルド人勢力と一体化して武装蜂起することをトルコ政府は恐れてきました。しかしシリア国内のクルド人のバックにはアメリカがついていますから、トルコ政府としてもうかつな行動はとれなかったのです。ところが10月7日、アメリカのトランプ大統領が「イスラム国」はすでに壊滅したとして、シリアからの米軍撤退を決めたのです。すると2日後の10月9日、トルコ軍が国境を越えてシリア北部に侵攻し、クルド人武装勢力に軍事攻撃を開始しました。このトルコ政府の行動を支持し協力したのがロシアです。
とすると、トランプ大統領による米軍撤退の決定が、トルコ軍の侵攻を招いたと言ってよいでしょうか?
そのとおりです。ですからトランプ大統領はクルド人から裏切り者呼ばわりされ、アメリカ国内でも無責任だとの批判を浴びました。しかしご存じのように、10月27日にトランプ大統領はシリアに潜伏していた「イスラム国」最高指導者アブバクル・バグダディの死亡を発表し、一気に不評を払拭し、米軍撤退を正当化したのです。実のところアメリカ国民も中東への介入には飽き飽きしていましたから、トランプ大統領はその空気を読んだのでしょう。そして来年の大統領選挙を優位に戦うためには、シリアから手を引くことが得策と判断したのだろうと思います。
となると、誰がシリア情勢の鍵を握ることになるのでしょう?
ロシアが存在感を示しています。ロシアはトルコによる軍事侵攻をサポートしながら、他方ではシリアのアサド政権を支えています。そこで現在は、トルコとシリアの仲介役を務めようとしています。また、アメリカの後ろ盾を失ったクルド人たちもロシアの支援を求めざるを得なくなっています。
8年半続いた内戦を終わらせるべく、10月30日にスイスのジュネーブで「シリア憲法起草委員会」が開かれ、アサド政権と反政府側の代表団が一堂に会しましたが、そのお膳立てをしたのもロシアです。
ではようやく内戦も終わり、シリアに平和が訪れるのですか?
そうは簡単にいかないでしょう。ジュネーブでの会合も決裂に近い事態に陥りましたし、今後大いに難航すると思われます。トルコ軍のシリア侵攻によって難民はさらに増加しました。そして「イスラム国」の残党が息を吹き返し、またテロを開始したとの報道もあります。難民の扱いをめぐっては欧州諸国とトルコの対立が一段と先鋭化しています。様々な政治勢力の駆け引きに翻弄されながら、難民の境遇はまだ全く光明が見出せないままなのです。
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