Weekend Review~「アルジャーノンに花束を」

「アルジャーノンに花束を」ダニエル・キイス 著  小尾芙佐 訳
6歳児程度の思考力しかない32歳の主人公チャーリイ・ゴードンが、臨床試験(脳の手術)の被験者に応じたことで急速に知能が高まり、それまで穏やかだった周囲の人達との関係性も大きく変わっていく中で、また元の知的障害の状態へと退行していく一連の様子を、チャーリィ自身が書き綴る日記を通して描いたSF(サイエンス・フィクション)小説です。1959年に中編小説として発表され、その後、1966年に現在の長編化されたこの小説はダニエル・キイスの代表作となり、今も多くのファンを持ちます。日本では2002年と2015年にテレビドラマ化され、そちらで小説の存在を知ったという方も多いかもしれませんが、私はできれば改めて文字、つまり読書というスタイルで味わっていただきたいと思います。本だからこそ味わえて、体感できる世界観への仕組みがあるからです。そしてその仕組みこそが、この小説を今も多くのファンを魅了する一つです。
「アルジャーノンに花束を」を知ったのは大学時代、新聞社のアルバイトで一緒に作業をしていた私よりちょっとだけ年上の“きれいなお姉さん”から「これ、読んでみて」と貸してもらったことがきっかけです。二十歳そこそこのまだ青い心はがっつりとハマり、いろんな友人に一読を勧めたことを覚えています。
人の尊厳や優位性など様々な社会的課題を突き付けるものです、なんてよくある表現でこのコラムを書き始めましたが、実は私が「アルジャーノンに花束を」ですぐに浮かぶのはその“きれいなおねえさん”なのです。その人は本当に“きれい”な人でした。さらさらの黒髪で、大きな瞳、ほんのりハスキーボイスで、常に落ち着いた雰囲気。透きとおるような美しい手で、文字を書く指先にうっとり。オッサン社員たちのマドンナで、容姿も心も潤いのあるおねえさんでした。確かお母様は広島で体内被曝されたとかで、そのおねえさんも体調的にはたびたび不安定な時がありました。「だから私は生涯、一人で生きていくの」みたいなはかなげなことをおっしゃっていた記憶があるのですが、数年後に結婚されて、二人か三人のお母さんになられたことも聞きました。この本を見るとバイト時代の“きれいなおねえさん”が浮かぶという、小説の内容とは、えらくかけ離れたところで本は存在していたのですが、2016年7月に起こった相模原障害者施設殺傷事件「津久井やまゆり園」のニュースを知った時、なぜかすぐに浮かんだのが「アルジャーノンに花束を」でした。
主人公チャーリィは、動物実験で知力がついた二十日ねずみの“アルジャーノン”を見せられ、臨床試験を受けて賢くなれば自分が抱えてきたコンプレックスから解放されるという思いから被験者に協力します。術後、天才的知能を発揮していきますが、ねずみのアルジャーノンの能力は次第に低下。同様にチャーリィも急激な高い知力と心のバランスのズレなどの副作用、そして徐々に元の自分へ退行していく中で、自分自身の存在価値、生きる意味を突き付けられていく……。優生思想に傾きがちな社会への警鐘という点で、津久井やまゆり園での非人道的事件を起こした犯人の思想、そしてそんな犯人を支持するような一部の人間の根底には、小説で繰り広げられる人間の思い上がり行為と、チャーリィを囲む人々の対応と合い通じるものがあります。
できることならば“きれいなおねえさん”とそのあたり、もう一度ゆっくりと語り合えたらと思ったりするのです。(ふるさとかえる)

 


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