新学期が始まって１ヵ月が経ちました。小中学校に通う子どもたちには、教科書が無償で配布されます。その時に写真のような文書が一緒に配布されていたのをご存知でしょうか。周囲で聞き取りをしたところ、「うちの子は６年生やけど、６年前にはなかった」と言う人もいれば、「10年以上前にもあった」という人もいるので、この文書がいつ頃から配布されるようになったのかは定かではありません。ただいずれにせよ、変な文章ですね。

小中学校の教科書が無償になったのは、昭和38年（1963年）からです。日本国憲法が成立して、憲法上は教育を受ける権利が保障されたわけですが、それだけで権利が実質化するわけではありません。その例が教科書でした。教科書が有償であれば、教科書を買えない子どもは勉強をすることができません。私は母（昭和14年生まれ）からよく、近所のおねえさんたちに教科書を借りたという話を聞いたものでした。

憲法で定められた「教育を受ける権利」を本当に手に入れるために、教科書の無償化を求める動きは戦後も各地でありました。有名なのは高知・長浜の教科書無償闘争でした。貧しい暮らしの中で、子どものために教科書を用意することが難しい母親たちが、教師とともに憲法について学習をし、小中学校の教科書を無償にするように要求をしたのでした。その要求が全国的にも支持を得て、ついに小中学校の教科書が無償になりました。戦後18年経ってからの出来事でした。それで無償になったのは良いのですが、変な文章が一緒についているのですね。いろいろ変な文章ですが「次代を担う子供たちに対し、我が国の繁栄と福祉に貢献してほしいという国民全体の願いを込めて、その負担によって実施されて」いるから、教科書を大切に使うように指導しなさいという表現には呆れてしまいました。

第１号（4月9日）に書きましたが、教育を受ける権利は1人1人の幸福追求のために保障されているのです。国の繁栄のためではありません。また、子どもたちの教育を受ける権利を守るのは、大人社会の当然の義務です。「教科書代を出してやっているのだから…」と交換条件を出される筋合いのものではありません。それにそもそも、学校へ通う子どもたちを見て、学んだり遊んだりしている子どもの姿に接して、「我が国の繁栄と福祉に貢献してほしい」と思う国民はどれほどいるのでしょう？　多くの人は、元気で嬉しいなと、ただ思うのではないでしょうか？　時には「ちょっと、静かにしてくれないかな…」と思うときもあるでしょう。そういえば私が、「早川一光のばんざい人間」でアルバイトをしていた頃、早川先生には6人の外孫さんがいて、「孫が来ると2度嬉しい」とよく仰っていました。「よく来たね～」と嬉しくて、「あ～、やっと帰ったぁ」と嬉しい。いったい誰が、「我が国の繁栄と福祉に貢献してほしい」なんて思うのでしょうね。

ケチな文書を出す国になってしまったものだと、つくづく悲しくなります。
なお、教科書を大事に扱ってほしいという教育は、地域の図書館や幼稚園・保育園で行われています。私は保育園でアルバイトをしていたことがありますが、幼児さんたちは「おもちゃと本」の違いをきちんとわかっていました。「税金で買ってやっている」などと言って、脅す必要は全くないと思います。

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西垣順子＜大阪市立大学　大学教育研究センター＞
滋賀県蒲生郡日野町生まれ、京都で学生時代を過ごす。今は大阪で暮らしているが自宅は日野にある。いずれはそこで「（寺じゃないけど）てらこや」をやろうと模索中。老若男女、多様な背景をもつ人たちが、互いに互いのことを知っていきながら笑ったり泣いたり、時には怒ったりして、いろんなことを一緒に学びたいと思っている。著書に「本当は怖い自民党改憲草案（法律文化社）」「大学評価と青年の発達保障（晃洋書房）」（いずれも共著）など。