かわらじ先生の国際講座~「グローバルサウス」とG7

昨今、「グローバルサウス」という言葉をしばしば目にします。わが国の岸田首相は今年1月4日の年頭記者会見のなかで「対立や分断が顕在化する国際社会をいま一度結束させるために、グローバルサウスとの関係を一層強化し、世界の食料危機やエネルギー危機に効果的に対応していくことが求められます」と発言しています。また、今年1月23日に行われた施政方針演説でも「世界が直面する諸課題に、国際社会全体が協力して対応していくためにも、G7が結束し、いわゆるグローバル・サウスに対する関与を強化していきます」と述べていました。インド政府も1月12日と13日の2日間、約120ヶ国の代表を招待してオンライン会合「グローバルサウスの声サミット」を開催しました。
 この「グローバルサウス」は、5月開催のG7広島サミットにおけるキーワードに位置づけられ、日本政府も多用していました。ところが、4月18日に発表されたG7外相声明では、この「グローバルサウス」という文言が一切使われず、G7サミットでも使用されないことに決まった由です。そもそも「グローバルサウス」とはどういう概念なのでしょうか?

これには明確な定義がなく、時と場合に応じ、また使用者によって拡大解釈されたり狭義に用いられたりと、たぶんに政治的な言葉のようです。それでもおおよその概念を示せば、「南半球を中心とした新興国・途上国」ということになるでしょうか。

「サウス(南)」とは南北問題における「南」、すなわち経済的に比較的貧しい国家を意味するのですね。

はい。冷戦後の1990年代以降、グローバル化の恩恵を受けられず、取り残された人々や国に対し、一部の研究者が「グローバルサウス」という言葉を使うようになったのが始まりとされます(『朝日新聞』2023年5月4日、大野泉氏(政策研究大学院大教授)記事)。
当初は経済的側面に注目したニュートラルな用語だったようですが、それがだんだん政治色を帯び、冷戦時代の「非同盟諸国」や「第三世界」の現代版のような言葉となっています。「非同盟」や「第三」には、東西冷戦のどちらの陣営にも属さない独立自主の意味が込められていましたが、現在の「グローバルサウス」には、欧米日など先進民主主義国VS.専制主義的な中露の対立という図式のなかで、そのどちらにも与しないという意味合いがあります。

ということは、中国やロシアは「グローバスサウス」ではないのですか?

地理的にはどちらも「サウス」ではありませんが、それでも両国とも「グローバルサウス」を牽引するリーダー的な地位を望んでいます。BRICs5ヶ国(ブラジル、ロシア、インド、中国)が「グローバルサウス」の先頭に立ちたいと望んでいるようですが、「グローバルサウス」を味方につけたい日本などはロシアと中国を除外して用いていますし、自らを「グローバルサウス」の一員であると認識している国々としても、政治的中立を掲げた方が得策と考え、自由民主主義陣営に敵対する中露を自分たちの仲間に加えることには消極的です。現在はインドが自他共に認める「グローバルサウス」のリーダー格となっています。そして中南米ではブラジル、アフリカでは南アフリカが「グローバルサウス」の地域的リーダーといえそうです。中東は、最近和解したサウジアラビアとイランがその代表国となりつつある形勢です。

G7が「グローバルサウス」という言葉の使用を封印した理由は何ですか?

主として米国がその使用に反対したと聞いています。米国から「これでは南半球の人たちに対して上から目線ではないか」との問題提起があった由です(『日経新聞』2023年4月19日)。そこで「パートナー」という言葉に置き換えたとか。この「パートナー」も、以下の3つのカテゴリーに分類されるとのことです(『日経新聞』2023年4月22日)。
第1に「地域のパートナー」。これは中露への傾斜からG7が守ってあげなくてはならない東南アジアやインドを指します。
第2に「志を同じくするパートナー」。これは食糧難からロシアへの依存を高めつつあるアフリカや中東の諸国を念頭に置いています。
そして第3に「意思のあるパートナー」。これはロシアのウクライナ侵攻や中国の軍備増強に反対し、G7とともに「法の支配に基づく国際秩序」の側につく国々です。

「パートナー」の3分類を見ますと、「グローバルサウス」の切り崩しを企図しているように見えてしまうのですがいかがでしょう?

まさにその通りです。米国による「上から目線」云々の議論は表向きの口実でしょう。実際には「グローバルサウス」が結束して中露寄りになることを恐れているのです。そして「グローバルサウス」にはすでにその兆しが見えています。たとえばウクライナ戦争に対する姿勢に関しても、54ヶ国あるアフリカ諸国の内の約2割がこれを容認し、中立の立場をとる国を含めると約半数に達します。アフリカの多くの国がロシアの軍事協力や食糧供給、そして中国の経済支援を受けていることが背景にあります。「グローバルサウス」のリーダー格であるインドも伝統的にロシアとの友好国ですし、サウジアラビアとイランを和解させた中国も、その影響力を中東に浸透させつつあります。中南米では台湾と断交し、中国と国交を結ぶ動きも広がっています。

G7は「グローバルサウス」に属する国々をつなぎ止めることができるのでしょうか?

日本外務省のある幹部は、世界の国々の数が概ね「西側(G7側)90、中間60、中露側40という状況」に分かれてしまっていると指摘しています(『朝日新聞』2023年4月19日)。中間に属する60ヶ国をどうG7が取り込めるか。そのためにいかなる策を打ち出せるのか。それが広島サミットの見所の一つだと思います。

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河原地英武<京都産業大学外国語学部教授>
東京外国語大学ロシア語学科卒。同大学院修士課程修了。専門分野はロシア政治、安全保障問題、国際関係論。俳人協会会員でもあり、東海学園大学では俳句創作を担当。俳句誌「伊吹嶺」主宰。


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