かわらじ先生の国際講座~ウクライナと中国

3月28日、ウクライナのゼレンスキー大統領はAP通信とのインタビューで、中国の習近平国家主席をウクライナに招待したと明らかにしました。「我々はここ(ウクライナ)で彼(習近平氏)と会う準備ができている」「私は彼と対話がしたい」と述べた由です。ゼレンスキー大統領が習主席を招待した真意は何でしょう。また中国側はこの招待に果して応じるのでしょうか?

いずれの問いも非常に難しく、よくわからないというのが率直なところです。まず後者について考えてみましょう。習近平氏がウクライナに赴く可能性はあるかどうかです。
上のゼレンスキー氏の発言に対し、中国外務省スポークスマンは翌29日の定例記者会見で、「ウクライナを含む関係国と意思疎通はしているが、首脳会談については今、提供できる情報はない」と述べるにとどまりました。つまりノーコメントということでしょう。
この件に関してはロシア大統領府も言及しています。同日、ロシア大統領府のペスコフ報道官は「中国が公平な立場を取っていることを承知している。われわれははそれを高く評価しており、特定の接触に関する適切さについては習氏が自身で決断すると信じている」と述べ、ロシアには中国に助言する権利はないと語ったのです。

つまり中国もロシアも、ゼレンスキー大統領の呼びかけを無下にするわけにはいかなかったということですか?

そういうことです。習近平氏は3月20日~22日にモスクワを訪問し、プーチン大統領と会談を行いましたが、中心テーマの一つはウクライナでした。21日に発表された共同声明には大略次のように書かれています。「ロシアは和平交渉の早期再開に尽力することを再度表明し、中国はこれを評価した。ロシアは、中国が政治・外交ルートによるウクライナ危機の解決に積極的な役割を果たす意向を示したこと、中国が2月24日に発表した12項目の和平案を歓迎する」というものです。ロシアも中国もウクライナ側と和平交渉を行う用意があることを表明したのです。特に中国は、2月24日に「ウクライナ危機の政治的解決に関する中国の立場」と題した12項目にわたる文書を公開し、ロシアとウクライナの仲介役を買って出たわけですから、プーチン大統領と会った以上、次はゼレンスキー大統領とも会談しないわけにはいきません。

であれば、中国側はなぜゼレンスキー大領領の招待をすんなり受けないのでしょうか?

一つには、最高指導者が紛争地域であるキーウに赴くことはリスクが高すぎると、中国の指導部は考えているのではないでしょうか。わたしも習近平氏がウクライナに足を運ぶことはなかろうと見ています。首脳会談が実現するにせよ、オンライン形式になるものと思われます。しかし、ゼレンスキー氏の腹の内がわからないままでは、オンライン会議すら応じられないというのが中国側の本音でしょう。

腹の内がわからないとは?

ゼレンスキー大統領の真意です。本当に中国を仲介者と見なしているのか、それとも中国を陥れる罠なのか……。習近平氏のロシア訪問とほぼ時を同じくして、日本の岸田首相がキーウを訪れました。岸田首相とゼレンスキー大統領は共同声明を発表しましたが、その中には「両首脳は、東シナ海及び南シナ海情勢への深刻な懸念を表明し、力又は威圧によるいかなる一方的な現状変更の試みにも強く反対した。また、両首脳は、国際社会の安全と繁栄に不可欠な要素である台湾海峡の平和と安定の重要性を強調し、両岸問題の平和的解決を促した」という一節があります。ゼレンスキー氏が本当に習近平主席の力を借りたいのであれば、あえて中国を苛立たせる文言を入れることなどしないはずです。対中国包囲網に加わりながら、中国の仲介を求めることは何か矛盾しているのです。
そもそもゼレンスキー大統領は、ロシア軍がウクライナ領から撤退しないかぎり、交渉の余地はないとの主張を繰り返しています。一方中国は、ロシア軍の撤退問題に関しては一切口をつぐんでいます。ロシアによるウクライナ領の占拠は不問に付すことにより、中露のパートナーシップは成り立っていますので、この点で中国がウクライナ側に歩み寄ることは考えられません。それを百も承知でゼレンスキー大統領が習近平主席を招待する真意は何なのか。そこが謎なのです。
そしてもう一つ。中国の和平案12項目(2月24日発表)の第8項目は「核兵器は使用されるべきではなく、核戦争は行われるべきではない」というもので、これはロシアに対し、核を用いた恫喝を自制するよう促す項といってよいでしょう。中国がウクライナとともに、ロシアの譲歩を引き出し得る数少ない論点の一つでした。ところがプーチン大統領は3月25日、国営テレビのインタビューで、ベラルーシに戦術核を配備することで同国と合意したと述べたのです。中国のメンツをつぶしたかっこうで、これでは中国も和平の仲介は果たせません。さらには4月1日、北朝鮮の金与正党副部長が朝鮮中央通信を通じて、ウクライナのゼレンスキー政権が核保有を目指していると非難する談話を出し「生存を脅かす核の惨事を自ら招いている」と主張しました。これではまるでロシアと北朝鮮が中国に対し、ウクライナと交渉するなと引き止めているようです。
ゼレンスキー大統領がどの程度本気で中国と交渉しようとしているのかが不分明な上、ロシアや北朝鮮が待ったをかけるような言動をとっている中で、果して中国はウクライナにいかなるアプローチをとり得るのか。
林外相が4月1日と2日の日程で訪中しましたが、岸田・ゼレンスキー両首脳の会談成果を踏まえ、中国側に何かしらのメッセージを伝達したものと推測します。中国のウクライナに対する「次の一手」が注目されます。

—————————————
河原地英武<京都産業大学外国語学部教授>
東京外国語大学ロシア語学科卒。同大学院修士課程修了。専門分野はロシア政治、安全保障問題、国際関係論。俳人協会会員でもあり、東海学園大学では俳句創作を担当。俳句誌「伊吹嶺」主宰。


Warning: Use of undefined constant php - assumed 'php' (this will throw an Error in a future version of PHP) in /home/canaria-club/www/wp-content/themes/mh-magazine-lite/content-single.php on line 21

Warning: Use of undefined constant php - assumed 'php' (this will throw an Error in a future version of PHP) in /home/canaria-club/www/wp-content/themes/mh-magazine-lite/content-single.php on line 30