かわらじ先生の国際講座~「ゼロコロナ」とデモ――中国事情

先月末以来、中国では政府の「ゼロコロナ」政策に対する抗議デモが各地で起こり、諸外国の中国人留学生たちも連帯しているとか。この事態についてもう少し詳しく説明してもらえますか?

発端は11月24日に遡ります。同日の夜、新疆ウイグル自治区ウルムチ市の高層マンションで火災が発生し、10名が死亡、9名が負傷しました。「これほどの死傷者を出してしまったのは、消防隊の到着が遅れたせいだ。行政当局は防疫措置を理由に、柵でマンションへの通路を塞いだり、マンションから住民が出られないようドアを封鎖したりしていたため、消防隊がすぐに救助できなかったのだ」という情報や、それを示す写真がSNS上に流され、現地で追悼集会や行政府への抗議デモが起こりました。すると、それがまたSNSで瞬く間に全土に拡散し、上海や北京などの大都市はもとより、地方都市、さらには国外における抗議デモへと拡大していったのです。

厳しい「ゼロコロナ」政策を続ける政権への抗議ですか?

第一義的にはそうです。中国では新型コロナウィルスの撲滅を掲げ、「都市封鎖」など断固たる処断をとってきました。それは奏功し、2020年半ばには国内の感染者はほぼいなくなったと言われました。ところが2021年の秋以降、新規感染者が増大し始め、22年の北京オリンピック時には、都市封鎖中の上海でも急激に感染が拡大し、市民の行動をひたすら制限するだけの政府方針に、人々の不信感が募っていました。その後も中国では、感染者数が過去最高の記録を更新し続け、今日に至っています。
最近ですと、サッカーのカタール・ワールドカップの模様が中国も報じられていますが、マスクをしていない観衆の姿を見て、中国の国民は、自国の政策が間違っていたと感じているようです。

政府も「ゼロコロナ」政策が限界に来ていることに気づいているのですか?

いえ、現在も政府はこの政策に変更がないことを強調しています。ただし、デモ拡大については深刻に受け止めているようで、市民の不満解消を図る策を講じ出しています。たとえば従来は、PCR検査の陰性証明を提示しないとバスや電車に乗れませんでした。しかしその提示が不要となりました。

なぜ中国の指導部はこれほど「ゼロコロナ」に固執するのですか?

いくつかの事情があるようです。第一は高齢者の問題です。中国の60歳以上の人口は2億6700万人に上りますが、副反応をめぐるうわさやデマが流れ、彼らのワクチンに対する抵抗感は強く、接種率がなかなか上がりません。第二に、中国製ワクチンの有効性が相対的に低い点が挙げられます。第三に、中国の医療体制が構造的に脆弱で、感染者が増えると病院が対応できない事態が予想されます。こうした状況のなかで「ゼロコロナ」政策を撤廃すると、国内が危機的状況に陥るとの分析結果もあります。中国の指導部はそれを恐れているのでしょう。

しかし中国の経済は悪化し、職を失った人も少なくないと聞きます。現に国民の批判の矛先は、「ゼロコロナ」政策だけでなく、政権そのものに向けられています。果して政権は現状を維持できるのでしょうか?

習近平政権も、そのことを一番懸念していると思われます。「コロナ問題を政治化してはならない」――これが現指導部の至上命令であろうと推測されます。実際、人々は公然と政治批判を口にするようになっています。上海の大規模な抗議デモでは、若者たちが「習近平は退陣せよ」「共産党は退陣せよ」とシュプレヒコールを上げました。同じことが他の都市や、外国在住の中国人留学生たちの間でも起こっているのです。「ゼロコロナ」政策によって一段と強化された人権や自由への制限が、一党独裁体制そのものの本質を象徴するものと理解され、若者を中心に、政権打倒運動へと発展する可能性を垣間見せたのが、今回の抗議デモだったと思います。

第二の「天安門事件」になるのではないかと見る向きもありますが、その点はどうなのでしょうか?

不気味な兆候はあります。偶然にせよ、デモの発端となった新疆ウイグル地区は、政権による人権抑圧で大問題となった場所です。そこから抗議デモが拡散していったというのは何事かを物語っているようです。中国版ツイッター「微博」はもとより、海外インターネットへの接続を可能にするVPN(仮想専用線)や、ツイッター、通信アプリのテレグラム等々の機能を使い、国内だけでなく外国在住の同胞たちとも瞬時に情報が共有できるようになったことも政権にとっては頭痛の種でしょう。言論・報道の自由を制限することは困難になっています。
とはいえ、今のところ「天安門事件」のような流血の惨事に至る可能性はなさそうです。デモ参加者を拘束するなど、当局者の取締りは相変わらず厳しく、デモの再開は阻止されている模様です。また市民も自制をきかせ、暴力沙汰には至っていません。自分たちは違法な主張は行っていないとの意思表示として、白紙を掲げて抗議する人々の姿がニュースでも流れていましたが(「白紙運動」とも呼ばれるそうです)、これも官憲との衝突を避けようとする自制心の表れと見ることもできるでしょう。
もう一つ不思議なのは、香港の人々が今回のデモにあまり反応を示していないことです。2020年に施行された香港国家安全維持法(国安法)の影響もあって、香港ではデモがしづらくなっているという事情もあるのでしょう。しかしそれだけでなく、2019年に香港で大規模なデモが起こった際、本土の人間は冷やかに見ていただけではなかったかとのわだかまりもあるようです(『京都新聞』2022年12月3日)。
とりあえず抗議デモは沈静化に向かっているようですが、政権に対する国民の不満は相当鬱積しており、それは何かの拍子にまた表面化するかもしれません。習近平体制は決して盤石ではないということです。

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河原地英武<京都産業大学外国語学部教授>
東京外国語大学ロシア語学科卒。同大学院修士課程修了。専門分野はロシア政治、安全保障問題、国際関係論。俳人協会会員でもあり、東海学園大学では俳句創作を担当。俳句誌「伊吹嶺」主宰。


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