「カナリア俳壇」55

秋の深まりを感じるこの頃ですが、皆さんもさまざま季語に挑戦し、たのもしく読ませていただきました。さっそくご投句順にみてゆきたいと思います。

△釣り好き婿海遠くて秋刀魚焼く     笑子

【評】まず〈6・6・5〉の調べがだめです。なんとか〈5・7・5〉に収めてください。そこが出発点です。とりあえず「釣り好きの婿海思ひ秋刀魚焼く」としてみました。

△赤とんぼ追いつ追われつ犬散歩     笑子

【評】歴史的仮名遣いでは「追ひつ追はれつ」となります。この句は赤とんぼが主語なのか、それとも犬が主語なのか不分明です。「赤とんぼ散歩の犬に添ひゆけり」「赤とんぼ散歩の犬のあとさきに」などもう少し推敲してみましょう。

△下校曲ロッソだったよ秋夕焼     恵子

【評】まず、「下校曲」と「夕焼」が近過ぎます。「だったよ」という表現から、たとえば夫婦間の会話を連想しました。とすると、その会話をしている状況を季語で示したいところです。食事中なら「下校曲ロッソだつたわ菊膾」なんてすることもできますね。なお、平仮名の「っ」は大きく表記してください。片仮名(外来語)の場合(「ロッソ」もそうです)は小さいままでけっこうです。

△~〇無花果の香りを風が散らし行く     恵子

【評】この仕立て方ですと「風」が主人公になりますが、「無花果の香り」に焦点を当てた方が印象鮮明になるように思います。一案として「無花果の香の散り散りに風が来て」。

〇~◎猪の蚯蚓掘る音枕辺に     慶喜

【評】みみずを掘っているとわかるのは、日頃からちょくちょく猪がやってくるのですね。実体験がないと詠めないユニークな句です。

〇妻と見る中秋の月子は遠し     慶喜

【評】月を見ながら誰かを偲ぶというのはパターン化しているため、句風としてはやや古さを感じるものの、思いのこもった作品です。

〇店の跡荒野となりぬ虫時雨     美春

【評】なんの店か示せるとさらにいいですね。「呉服屋のあとは荒野に虫時雨」など。

〇龍淵に来し負ふた荷下ろしたり     美春

【評】龍は春分のころ天に昇り、秋分のころ淵に潜むといわれています。そこから「龍淵に潜む」(「龍淵に」はその省略形)という秋の季語ができました。こうしたむずかしい季語に挑戦することは大歓迎です。語順を入れ替え「背負ひ来し荷を置き去りて龍淵に」としてみました。

〇向日葵の迷路に聞こゆ牛の声     千代子

【評】「声」ですから「聞こゆ」は省略できます。迷路の向こうから牛の声がして、「出口が近いぞ」と安堵している場面を想像しました。「向日葵の迷路の向う牛の声」。

〇音すれば音するほうへ遠花火     千代子

【評】音がすれば、音するほうへ目を向ける、という意味でしょうか。それとも、音のするほうへ花火が揚がる、ということでしょうか。前者なら橋本多佳子の代表句の一つ「いなびかり北よりすれば北を見る」と同案ですが、この句は読んだ感じが後者のようですね。そのへんをはっきりさせるならば、「遠花火音するはうに開きけり」としてもよさそうです。なお、「ほう」は歴史的仮名遣いでは「はう」となります。

〇~◎読み耽る高野聖や虫浄土     音羽

【評】泉鏡花の名作に読みふけっているのですね。物語世界がそのまま現実と化して虫浄土につながっているようです。書名は括弧に入れますので「読み耽る『高野聖』や虫浄土」でいかがでしょう。

◎秋空を蹴つてスケボー宙がへり     音羽

【評】オリンピック競技をご覧になったのかもしれませんね。ほんとうにアクロバティックで、まさに「秋空を蹴つて」は実感です。

〇気負ひなく生まれてきたよ赤まんま     永河

【評】頑張り過ぎて生きている人へのエールでしょうか。「人は気負いなく生まれて来たんだ。そのままに生きればいいんだよ」という意味に解しました。坪内稔典氏の「がんばるわなんて言うなよ草の花」に通じる句境かもしれませんね。ただ、「気負ひなく生まれてきた」のは自明ですので(胎児に気負うという観念は当てはまりません)、もうすこし言葉を足して「気負ひなく生まれて生きて赤のまま」としてみました(「赤のまま」に赤ん坊のままの意も込めています)。

〇あやふさは心の隙間曼珠沙華     永河

【評】理屈ではなく直観で受け止めるべき句でしょうね。ともかく曼殊沙華を持ってきたのは非凡です。危うさといえば、(わたしの偏見かもしれませんが)河野太郎さんにそれを感じてしまいます。すぐ前言撤回などするのも、心がゆるんでいるからかも…。

〇~◎一枚の羽巣に残す帰燕かな     妙好

【評】この羽が燕の忘れ形見といいますか、置き土産のようにも受け取れますね。情のある句です。このままでも結構ですが、「巣」は自明ですので、「羽一枚残してゆける帰燕かな」とする手もありそうです。上五をあえて字余りにしましたが、これは燕の後ろ髪をひかれる思いを表現するためのテクニックでもあります。

〇~◎頁繰る指の擦れに秋の声     妙好

【評】秋の深まる様子が感覚的に描けていますね。「擦れに」とすると、「秋の声」との因果関係が生まれて句が理屈っぽくなります。「擦れや」と切れを入れたほうが一句の広がりが増します。

◎花の奥花粉まみれのばつたの子     万亀子

【評】童心で作った一句ですね。花粉といえば蜜蜂を連想しますが、バッタの子であるのが面白い。こういう素直な詠みぶりの句は、読者の心を和ませてくれます。

〇~◎年長の記録次回もパラの夏     万亀子

【評】「ロードレース杉浦佳子さんの『最年長記録は何度も出せる』の言葉に感動しました」と万亀子さんが自解してくださいました。われわれも励まされますね。ぜひ「杉浦佳子さん」と前書を付けて残してください。

△~〇一心に山栗を剥く爪熱る     マユミ

【評】「熱る」は「ほてる」と読むのですね。爪がほてるほど剝くのですから「一心に」は言わなくても伝わります。また「剥く」「熱る」と動詞の終止形がつづくのも、調べの上でよくありません。「山栗を剥くや親指ほてるまで」とより具体的に描写してみました。

〇~◎ポポーとふ果実を齧る敬老日     マユミ

【評】マユミさんの解説によれば、「ポポーという果物、明治時代より栽培され、1940年ころまでは一般に出回っていたそうで、アケビに似た形」とのことです。それを見つけて買われたのですね。「ポポーとふ果実齧れり敬老日」でどうでしょう。

〇眩しさのうすれゆくなる花野かな     徒歩

【評】不思議な味わいの句です。「ゆくなる」がやや冗長ですので、「眩しさのうすれてゆける花野かな」でいかがでしょう。薄れていくのをどう解釈するか難しいところです。かなり心理的な句かもしれませんね。添削ではありませんが、「まぶしさの白くなりゆく花野かな」などとしてみたくなりました。高屋窓秋の「頭の中で白い夏野となつてゐる」へのオマージュです。

◎十六夜や影へ影さす裏通り     徒歩

【評】なにか色っぽい風情があっていいですね。季語も典雅です。わたしなら「影へ」でなく「影に」とします。そうすれば二人の距離がもっと縮まる気がしますので。

〇鶏がらの出汁で煮込めり冬瓜汁     多喜

【評】とても美味しそうです。「出汁」と冬瓜汁の「汁」の重複が気になります。それを解消するなら、「鶏がらの出汁で煮込める冬瓜かな」、あるいは「鶏がらの味まろやかに冬瓜汁」などとする方法もあります。この場合「冬瓜」は「とうが」と読みます。

△~〇夕厨サツチモ聴きをる雨月かな     多喜

【評】「サッチモ」は、アメリカのジャズトランペット奏者ルイ・アームストロングの愛称。片仮名(外来語)の場合は「ッ」は小さいままで表記してください。「雨月」ですから「夕厨」の「夕」は不要です。中七の字余りもいけません。「サッチモを厨で聴ける雨月かな」としてみました。

△天高し七回裏の歌声に     あみか

【評】野球の応援は吹奏楽が一般的ですので、「歌声」がよくわかりませんでした。オリンピック予選を思い出し、「七回のコールドゲーム天高し」としてみました。しかしこれではあまり詩情がありませんねえ……。

〇~◎モビールの鳥羽ばたかぬ秋暑かな     あみか

【評】いちおう羽ばたく形で吊られているとは思うのですが、眼目のおもしろい句です。このままで結構ですが、「モビールの鳥は上向き秋暑し」などとしても暑苦しさが出るかもしれません。

△秋彼岸ふっかふかなり布団干     白き花

【評】この句は三段切れになっています。「ふつかふかなる」と連体形にしないといけません。また、「っ」は、たとえ読みづらくても俳句のルールですので、大きく表記しましょう。そして「布団干」は冬の季語となりますので(そもそも「布団」が冬の季語です)、季重なりも気になります。とりあえず「ふかふかの布団取りこむ秋彼岸」としておきます。

〇お辞儀する稲穂に我もお辞儀する     白き花

【評】ちょっと人を食った感じの、愛敬がある句です。このまま残しておきましょう。

〇彼岸花よくお喋りの通る路     ゆき

【評】気持ちを和ませてくれる句です。この「お喋り」がだれなのか明確にしましょう。「彼岸花お喋りな子の通る道」としてみました。

△花芒小物楽しき水滴展     ゆき

【評】書道具の一つである水滴の展示を見てこられたのですね。その会場に芒が活けられていたのでしょう。こういう展示会を句にするのは至難の業です。わたしも埴輪展を見に行き苦吟しました。結局、こういうときは展示品の一つに注目し、それをじっくり詠むのが得策だと思います。一例として「深海のいろの水滴秋澄めり」など。「小物」と「水滴」の重複が気になりますので、とりあえず「水滴のどれも愛しく花芒」としておきます。前書に「水滴展を見に」とでも記しておきましょう。

◎秋澄むや瀬音高なる馬籠宿     織美

【評】俳句の基本に忠実な、どっしりとして格調のある写生句です。上五を「や」で切ったら、下五は名詞で収めるのは、最もまとまりのよい、安定した句形ですね。

△大根蒔く畦に双葉のうすみどり     織美

【評】農事にうといので誤解があるかもしれませんが、「大根蒔く」といえば、種を蒔くことですよね。双葉が出るのはまだ先のことでは?「大根蒔く畦赤々と夕日影」など、ご一考ください。

〇夕日濃し頬に柔らか花すすき     智代

【評】いい雰囲気の句です。「柔らか」でちょっと切れが入ってしまうのが惜しい。たとえば「夕日濃し頬に当てたる花すすき」なら、中七が連体形ですので下五との間の切れが解消されます。

△~〇長き夜や秒針ひびく床の中     智代

【評】「長き夜」は、まだ床に就く前の、いろいろ活動をしている時間帯をさす季語です。もう寝ているわけですから、真夜中でも通用する「秋の夜や」にしておきましょう。

〇秋風やシャッターに駒投了図     聡子

【評】藤井棋士の投了図が、商店街のシャッターに描かれているのですね。季語がやや寂しいけれど、句材としては抜群におもしろいと思います。

△窯出しや友の狛犬神の留守     聡子

【評】典型的な三段切れです。友人が狛犬をつくり、それを窯から出したのですね。とすれば、「窯出しの」でしょうか。ただし「神の留守」という季語が合っているのかどうか。この句にはいっさい自然が出てきませんので(人間のことだけ)、季語で大きく自然を取りこみたいところです。

次は10月19日(火)の掲載となります。18日(月)午後6時までにご投句ください。

それからご案内です。年4回、俳句月刊誌『俳句四季』(東京四季出版)の「四季吟詠」欄(「東海」地域)の選者を務めることになりました。わたしの次回担当は、10月20日が締切日となります。同誌をお求めのうえ、巻末のハガキでご投句頂ければ幸甚です。

河原地英武

「カナリア俳壇」への投句をお待ちしています。
アドレスは efude1005@yahoo.co.jp 投句の仕方についてはこちらをご参照ください。


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