かわらじ先生の国際講座~中国的な「国家資本主義」への道

香港の自由を象徴し、習近平政権に批判的な論調で知られた香港紙『蘋果日報』(リンゴ日報)が6月24日に最終号を発行し、廃刊に追い込まれました。編集幹部が香港国家安全維持法違反の容疑で逮捕され、運営資金を凍結されたためとのことですが、中国で言論の自由が失われたことを象徴する事件とみてよいでしょうか?
われわれからみれば、まさに「言論封殺」(『京都新聞』2021年6月25日付「社説」)と言わなくてはならない暴挙ですね。先日英国で開かれたG7サミットの共同声明では、「我々は中国に対し、特に新疆との関係における人権及び基本的自由の尊重、また、英中共同声明及び香港基本法に明記された香港における人権、自由及び高度の自治の尊重を求める」と記されましたが、中国政府は一顧だにしなかったわけです。むしろ中国当局は諸外国からの非難を「内政干渉」だと強く批判しました。

これを中国の国民はどうみているのでしょう?

われわれにとっては意外なことに、けっこう平静に受け止めているようです。この問題に関しては、『京都新聞』6月25日付「ソフィア 京都新聞文化会議」欄に寄せられた安田峰俊氏(中国ルポライター)の記事が参考になります。
同氏によれば、監視社会化による犯罪の減少やテロリスト(その中には一部の少数民族も含まれます)の排除を喜ぶ民衆の声は強く、また、外交官による対外的な強硬発言も、「愛国主義的なイデオロギーが強化された現代の中国社会では好感を持たれがちだ」とのことです。「言論の自由の制限も、政治を語る以外の娯楽は認められているため、若者はアニメや動画サイトをふんだんに楽し」んでおり、特に不満を感じてはいないそうです。さらに、他国に先駆けて徹底したコロナ対策を行ったことは、「民主主義体制に対して中国の体制が優位である証明」という政府の政治宣伝を受け入れやすくしているとのことです。

とすると、習近平政権は今の体制に自信を深めているということでしょうか?

少なくとも弱気なところは見せていません。中国共産党は今年創立100周年を迎え、7月1日に記念大会を開催する予定ですが、その成果や自信が国内外に大いに喧伝されるはずです。習近平氏は2012年に中国共産党総書記に就任して以来、「中華民族の偉大なる復興」を「中国の夢」として語っていますが、その「夢」を改めて強調することでしょう。この「夢」は中華人民共和国建国100周年にあたる2049年に実現することが目指されています。

中国国内で民主主義が失われていくことが「夢」であるとすれば、それは悪夢としか思えないのですが・・・・・・。

たしかに。ですが、これは中国にとどまらず、世界の趨勢であることも指摘しておかなくてはなりません。世界における自由と民主主義の監視を使命として活動している国際的なNGO「フリーダムハウス」が今年発表したデータによれば、民主主義は世界的に退潮傾向にあります。次の地図をご覧下さい。(枠内をクリックすると地図が開きます)

「FREE」(緑色)とされる国々よりも、「NOT FREE」(紫色)の国々のほうがずっと多いでしょう。さらに次の地図をみて下さい。こちらは近年における自由の度合いの傾向を示したものです。

2019年から2020年にかけて「LESS FREE」と分類される国が増大していることが見て取れます。この傾向は新型コロナウイルス禍が猛威を振るう以前から起こっているのです。さらにいうと、これらの地域(アジアから一部の欧州、さらにはアフリカ大陸に至る国々)は、中国が推進する「一帯一路」の範囲と重なるのです。

中国が経済援助とともに「非民主主義」を「輸出」しているということですか?

いえ。そういう意味ではありません。しかし、これら「非民主主義国」は、中国の政治体制にあまりこだわらず、その経済支援を受け入れ得る素地があることはたしかでしょう。また中国側も、それらの国々の強権的ないし権威主義的な政権を支える傾向があります。

非民主主義国にとって中国経済はモデルになり得るということでしょうか?

中国の経済システムは「国家資本主義」と呼ばれます。国家がさまざまな方法や手段で市場(マーケット)や私有財産に介入し、民間の経済活動を規制しながら、国益の増進を図ろうとするもので、国家主導の産業育成や輸出政策がその特徴です。中国の場合は、政府による多額の産業補助金によって企業は安く輸出でき、世界貿易をゆがめていると諸外国から批判されていることはご存じのとおりです。米中貿易摩擦をもたらす元凶も、この中国政府による補助金であるとされます。このような国家による経済への介入は、途上国にはよく見られることで、必ずしも中国経済がモデルというわけではありません。

そもそも中国は資本主義ではなく、社会主義の国ですよね?

はい。公式的には「中国の特色ある社会主義」という言い方がされています。しかし中国都市部の雇用の8割と国内総生産(GDP)の6割は民間企業が創出しているといわれます(『日経新聞』2021年3月5日付)。ですから政治は別として、経済は資本主義だといえるでしょう。ただし党の規制が強く、大企業の内部に共産党の組織が置かれ、企業家自身も党員となっています。政治的自由は許されませんが、党と国家に恭順であれば、経済的な恩恵を受けられるのです。

それでは資本主義の根幹である「公正や透明性」は損なわれてしまいませんか?

そこが最大の問題ですね。そして事は中国にとどまりません。中国が巨大な経済力で後押しをしている国々では権威主義が維持補強され、非民主主義が助長されています。
そして何より懸念されるのは、それを批判する当の民主主義陣営が、中国的な「国家資本主義」の誘惑にかられる可能性です。AIの高度な発展によって監視社会の形成は容易になっています。為政者が民間の活動をコントロールしたがるのは今日に限ったことではありませんが、それが技術力の向上により、案外容易にできてしまうのが現代社会です。
政権と資本が癒着することで、対外的な覇権を拡大しようとしている中国の方法が成功すれば、対抗上、G7としてもその道を踏襲したくなるのではないか。いわば合わせ鏡のように、民主主義国自身もまた中国的な「国家資本主義」へ傾斜しなければよいがと、わたしは最近懸念しています。

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河原地英武<京都産業大学国際関係学部教授>
東京外国語大学ロシア語学科卒。同大学院修士課程修了。専門分野はロシア政治、安全保障問題、国際関係論。俳人協会会員でもある。俳句誌「伊吹嶺」主宰。


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