かわらじ先生の国際講座~中国全人代を振り返って

中国では3月5日~11日、「第13期全国人民代表大会(全人代)第4回会議」が開かれました。香港の選挙から民主派を一掃するような制度見直し案が採択されるなど、国際社会を危惧させる大会でしたが、そもそも全人代とはどういうものなのですか?

簡単にいえば日本の国会にあたる会議です。毎年1回、3月に開かれます(去年はコロナ禍の影響で5月に延期されましたが)。地方自治体や軍などから選出された約3000人の代表(議員)から成ります。このうち共産党員は7割程度、他は非共産党員で、なかには大実業家もいます。中国社会の様々な利益代表者から構成されているわけですが、ただし中国共産党の指導に従って行われますので、党を批判する発言が出るなどということはありません。非党員の代表も、共産党の方針に忠実な人々から選ばれています。
議員の任期は5年で、この5年を1期とカウントします。今回の大会は第13期ですから、「5年×13期」で65年の歴史を重ねてきたことになります。1949年の建国から数えると年数が少ないのは、内政的事情で開かれなかった年もあったためです。なお、今回が第4回会議となるのは、第13期5年間の4年目にあたるということです。

国会のような大会だとすると、香港問題だけでなく、中国の諸政策が多岐にわたって審議されたということでしょうか?

そうです。とりわけ重要なのは経済問題でした。昨年はコロナ禍のため、世界の主要国が軒並みマイナス成長に陥るなかで、中国のみが2.3%の伸びを見せたこと、国民の「脱貧困」を達成し「小康社会」の完成に近づいたことなど、いくつかの成果が報告されました。また来年の目標として、GDP成長率を6%以上とする、失業率は5.5%前後に抑える、消費者物価の上昇率は3%をめどとするといった具体的数値が示されました。外国のシンクタンクなどは来年の中国の成長率をもう少し高く見積もっていますので、中国はかなり慎重な自己評価をしているとみていいでしょう。
さらに今後5年間の経済方針である「第14次5カ年計画」や2035年までの長期計画も正式に決めました。そのなかで特にわたしが注目したのは、ハイテク分野での中国企業のサプライチェーン(供給網)の整備努力や、海外依存度を低め、国内経済を強化する方向性がはっきり打ち出されたことです。つまり欧米先進国と対立し、経済制裁を科せられるような事態になっても、自らの力で乗り切れるだけの経済システムを築こうとしているのです。習近平政権は、独自の「中国ファースト」路線を歩み出しているように見えます。

軍事拡大路線も明らかになりましたね。

はい。国防予算案も発表されましたが、前年比6.8%増の1兆3553億4300万元(日本円にして凡そ22兆6千億円)となりました。米国に次ぐ世界第2位の予算で、日本の防衛予算の約4倍です。中国は現在、2027年の「軍隊創設100周年」に照準を合わせ、着々と軍事の強化を推し進めていますが、その目標は米軍と比肩できるだけの軍事力を整えることでしょう。南シナ海や東シナ海における実効支配も視野に収め、海軍力も増強させています。尖閣諸島周辺でますます日本との緊張が高まるおそれがあります。軍事面でも中国は、国際協調より単独主義の道を選んだといえます。

香港の選挙制度見直し案についても説明してもらえますか?

今回の全人代では、香港の選挙から民主派を排除する制度見直し案が反対票ゼロで採択されました。「愛国者による香港統治を確保する」ことが謳われており、わが国でも「愛国者」の意味をめぐる報道がいろいろなされたことは記憶に新しいと思います。中国側もその反響を見越してか、国内外のメディアに「愛国者」に関する説明をしています。

要するに「愛国者」とは、中国共産党政権に盾突くことのない人を指すと見ていいでしょう。いまの中国で、共産党支配に反対する唯一の「野党」と呼べるのは、香港の民主派だけです。その主要なメンバーは次々と身柄を拘束されていますが、彼らやその支持者が将来も政治権力を持つことができないようにするための方策が、香港選挙の制度変更です。要するに今後は選挙のまえに「資格審査」を行い、不適格者は行政トップや立法府代表を決める選挙に立候補すらできなくするということです。昨年6月に成立した「香港国家安全維持法」(国安法)につづき、この選挙法改正によって「一国二制度」は骨抜きにされ、いままで香港に認められてきた「高度の自治」は事実上、消滅することになります。

それを良識ある国民や香港市民が納得するのでしょうか?

全人代における裁決での反対票ゼロという結果がすべてを語っています。これが民意ということなのでしょう。実際、香港以外の中国ではすでに行われていることですから、ほとんどの中国人にとっては別に騒ぎ立てる問題ではないのです。また、香港の一般市民は「長いものには巻かれろ」というスタンスを取らざるを得ませんし、民主派人士にしても、家族と引き離されて長期の拘留生活に耐えられる人は多くありません。結局、諸々の恐怖には打ち勝てず、屈服するしかないというのが現実ではないかと、わたし自身つい悲観的に考えてしまいます。

しかし国際社会がこれを見過ごさないのでは?

それゆえ中国は、国際社会からの圧力にも屈しないために、先程述べたような国際依存度を薄めた国家体制へシフトしようとしているのです。それといまの国際関係は、東欧革命や天安門事件が起こった1989年とは異なります。その当時は「民主化」が世界のトレンドでしたが、現在はむしろ、国際的にも民主化は退潮傾向にあります。米人権団体フリーダムハウスによれば、2020年は世界人口の75%近い国・地域で民主主義が後退したそうです。コロナ禍の影響もあって、民主主義国の変質も指摘されるようになっています(『日経新聞』2021年3月6日)。すなわち中国的現象は、世界のあちこちで見られ、その意味では中国は孤立しているとは言い難いのです。
やや論理の飛躍かもしれませんが、日本ですら、これほど菅内閣の不祥事が明るみに出され支持率が落ち込んでいるのに、世論調査によれば、野党の支持率もなかなか上向きません。国会中継を見ていても、たとえば共産党の追及などはまことに鋭く、正鵠を射ていると感じますし、『週刊文春』が放つ「文春砲」も強烈です。ですが、これで政権交代が起こるかというと、どうなのでしょう。日本国民の政治意識が低いとは言いたくありません。野党の不甲斐なさをなじるつもりもありません。彼らは可能なことを精一杯行っていると思います。にもかかわらず、自公連立政権のこの安定はどうしたことか。これはあくまでも大胆な仮説にすぎませんが、どこか深いところで中国の政治体制とも一脈相通ずるものがあるのかもしれません。すなわち21世紀の世界で顕著になりつつある「管理社会」型国家の盤石性です。このへんはもっと追究してみたいわたしの研究課題です。

————————————
河原地英武<京都産業大学国際関係学部教授>
東京外国語大学ロシア語学科卒。同大学院修士課程修了。専門分野はロシア政治、安全保障問題、国際関係論。俳人協会会員でもあり、東海学園大学では俳句創作を担当。俳句誌「伊吹嶺」主宰。


Warning: Use of undefined constant php - assumed 'php' (this will throw an Error in a future version of PHP) in /home/canaria-club/www/wp-content/themes/mh-magazine-lite/content-single.php on line 21

Warning: Use of undefined constant php - assumed 'php' (this will throw an Error in a future version of PHP) in /home/canaria-club/www/wp-content/themes/mh-magazine-lite/content-single.php on line 30