かわらじ先生の国際講座~分断か連帯かーーコロナ後の世界

中国の武漢で都市封鎖が行われたのは1月23日。その頃、他国の大方の人々はまだ対岸の火事のようにこれを見ていました。それから3ヶ月後、世界がこのようになるとは誰が予想し得たでしょう。いまや全世界が新型コロナウイルスのパンデミックと戦っています。果たして我々はコロナ蔓延以前の状態に戻れるのでしょうか?
早晩、終息を迎えることは確かです。しかし、世界が元通りになることはないのではないかと思います。最近、「ポスト・コロナ」とか「アフター・コロナ」とかいった表現をオピニオン誌でよく見かけますが、みなコロナ終息後の世界の変容が気がかりだということでしょう。私もその一人です。
米国・エール大教授のロバート・シラー氏がこんなことを言っています。「歴史を振り返ると、物事を根本から覆す事件が時々起こるものだ。戦争がその役割を果たすことも多い。コロナ危機は、まさに戦争のような緊急事態の意識をもたらし、これまで不可能だった変革を一気に進める可能性がある。」(「Newsweek(日本版)」4月28日号、34ページ)
実際、多くの人が新型コロナウイルス禍を戦争になぞらえています。しかし私はそれに違和感をおぼえます。もっと言えば、そこに危険性を感じてもいます。
どういうことでしょうか?
たとえばフランスのマクロン大統領は「我々は戦争状態にある」と述べ、全土に外出制限を発出しました。

アメリカのトランプ大統領も「これは戦争だ」と言って、統制色の強い経済政策を矢継ぎ早に打ち出しています。

わが国の安倍首相も田原総一朗氏に、この新型コロナとの戦いが「第3次世界大戦」であるとの認識を示したとか。

他方、これは戦争ではないと訴えたのはドイツのシュタインマイヤー大統領です。彼はドイツ国民に向けてのテレビ演説で「そうです。この感染症の世界的拡大は、戦争ではないのです。国と国が戦っているわけでも、兵士と兵士が戦っているわけでもないのです。現下の事態は、私たちの人間性を試しているのです」と語りかけました。

私はシュタインマイヤー大統領の表明を全面的に支持します。ウイルスとの戦いは「戦争」ではありません。それは、地球温暖化や環境破壊や世界の貧困問題等々との戦いを「戦争」とは呼ばないことと同じです。
しかし国民に対し、新型コロナの恐ろしさを周知徹底させるためには、為政者としても「戦争」と言った方が説得力が増すのではありませんか?
ひとたび「戦争」というレトリックを使うと、その意味は容易に一般化され、適用範囲が拡大されます。本来戦争とは、人間集団の間の分断と敵対を前提としています。そして新型コロナが猛威を振るうなかで、その兆候は随所に見出せます。当初は欧州で、ウイルス感染源と見なされた東洋人が露骨な差別や嫌がらせを受けましたが、最近では欧米人の感染による死者の多さから、疫学的に白人脆弱説を唱える人も出てくるなど、人種差別を助長する風潮が見て取れます。
また最近、にわかにコロナ人工説や中国陰謀論を唱える論者が目立つようになり、アメリカのトランプ政権もそれを匂わせる言い方をして、米中対立が再燃しそうな勢いです。つい先日トランプ政権は、WHOが「中国寄りだ」と批判し、資金拠出の停止を表明しました。また自国の放送局である「ボイス・オブ・アメリカ」に対しても、中国政府の宣伝に荷担していると批判する始末で、何だか1950年代のアメリカにおける「赤狩り」を彷彿とさせます。


新型コロナウイルス禍を機に、世界が対立に向かっているということですか?
はい。特に生産や供給面でいかに中国に依存してきたか、世界は思い知りました。マスク不足はそのほんの一例に過ぎません。そうなると今後各国は、非常事態時にも中国などの外国に依存しなくてもよい経済体制を構築しようとする方向に向かうかもしれません。自給自足体制は無理にせよ、食料やエネルギー等の安全保障の観点から、自国の経済圏を囲い込んでいく一種のブロック経済化が進行する可能性があります。それは1930年代の世界情勢を想起させます。
その先にあるのはブロック同士の対立や衝突ですね
むろん、それとは逆のシナリオを描くこともできます。つまり国際的連帯への道です。コロナウイルス禍は、先進国や途上国の別なく、全世界に共通の危機をもたらしました。これを一国だけで押さえ込んでも感染はとまりません。グローバルな連携が不可欠です。先進技術や成功事例の共有化を図らなくてはなりません。また、情報公開の重要性が改めて認識されました。これは中国政府とて同じです。もっと早く武漢での事態を中国が公にしていれば、感染拡大は防げました。統制型社会の限界を中国共産党メディア自らも認めています(「京都新聞」4月24日第7面)。情報ネットワークの拡大は、為政者の思惑を越え、市民レベルでの連帯を推し進める力をもつはずです。
コロナ後、世界が閉ざされた分断の方向に進むのか、それとも開かれた連帯の道を歩むのか、我々はその分岐点に立っているように思います。

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河原地英武<京都産業大学外国語学部教授>
東京外国語大学ロシア語学科卒。同大学院修士課程修了。専門分野はロシア政治、安全保障問題、国際関係論。俳人協会会員でもあり、東海学園大学では俳句創作を担当。俳句誌「伊吹嶺」主宰。


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