かわらじ先生の国際講座~中村哲医師殺害の背景

12月4日、アフガニスタン東部ナンガルハル州で、NGO「ペシャワール会」現地代表の中村哲氏が凶弾に倒れました。中村氏は医療にとどまらず、砂漠地帯を緑化するための灌漑事業を推し進めるなど1984年以来、パキスタンとアフガニスタンで人道支援に献身してきました。生前、「現地の人を裏切れない。アフガニスタンで骨を埋めるつもりだ」と語っていたそうです。アフガニスタンの人々にも敬慕されてきた人です。それなのになぜ、だれが彼を殺害したのでしょう?

残念ながら事件の真相は解明されていません。犯行声明は出されていませんし、テロを繰り返している反政府武装組織のタリバーンも関与を否定しています。しかし、複数の襲撃犯が中村氏をターゲットとし、入念な準備のもとに行ったテロ行為であることは、いくつかの証言からわかってきています。現地の治安当局も中村氏に、近々テロがあるかもしれないと警告していたそうです。

つまり中村氏は事件に巻き込まれたのでなく、初めから標的だったのですか?それはなぜです?

犯人は反政府側の者たちだと考えられています。中村氏は悲惨な暮らしを強いられている民衆を救うべく無私の精神で身を捧げてきた人ですが、結果的にそれが現アフガニスタン政権を助けていると、犯人たちは見なしたということでしょう。今年10月、アフガニスタン政府は中村氏の功績を称え、名誉市民権を授与しました。中村氏死亡の際には、ガニ大統領自らが棺をかついだことからも、彼がアフガニスタン政府にとっていかに重要な存在だったかわかるでしょう。ですから政府に打撃を与えるための反政府活動の一環として、中村氏が襲撃された可能性が大きいとされるのです。
実は中村氏以外にも多くの支援者が狙われてきました。国連によれば、今年8月までにアフガニスタン国内で援助活動を行った人々が攻撃された事件は133件あり、27名が死亡しています(「朝日新聞」12月6日からの再引用)。2008年にも、「ペシャワール会」の伊藤和也氏が拉致・殺害されています。

アフガニスタンの政治情勢はどういうことになっているのですか?

国内は完全な分裂状態と言っていいでしょう。政府の統治が及んでいるのは国内の半分に過ぎません。残りの半分は、反政府組織タリバーンとIS(イスラム国)の分派が支配しています。そして彼らは政府軍とずっと戦争を続けているのです。アフガニスタンでは毎日約70件のテロや戦闘行為が起こっているそうです。そして今年1月から9月までに命を落した民間人は2563人にも上るとのことです(「朝日新聞」12月6日)。
ところで、このように攻撃にさらされているアフガニスタン政府を支えているのがアメリカです。現在、アフガニスタンに駐留しているアメリカ軍部隊は約1万4千人で、彼らが政府軍とともに戦っているのです。このアメリカ軍部隊のおかげでアフガニスタン政府もなんとか持ちこたえているわけです。ところが、このバランスに変化が起ころうとしています。

どういうことですか?

トランプ大統領がアフガニスタンから米軍を撤退させようとしているのです。アメリカ国民は長年続けてきたアフガニスタンへの関与にうんざりしていますし、駐留経費もばかになりません。そこで来年の大統領選挙に勝つためには、この国のいざこざから手を引くことが得策だとトランプ大統領は考えているわけです。今年9月、トランプ大統領はタリバーン幹部とガ二大統領をアメリカに招いて和平交渉をさせる予定でしたが、タリバーンによるテロで米兵が殺害されたため、断念せざるを得ませんでした。11月末、トランプ大統領は突如アフガニスタンを訪問し、対立する両者に和平交渉を促しました。12月に入って同国にアメリカの特使が派遣され、和平交渉へのお膳立てが整いつつあります。

ということは、この交渉を決裂させたい者が中村医師殺害を目論んだとも考えられるでしょうか?

その可能性は十分にあります。つまりこの交渉が成功裡に進み、合意が得られると困る者が犯人ということになります。交渉はアメリカが仲介者になりますから、現政府が有利な結果になるかもしれません。とすれば、反政府側が政府にゆさぶりをかけ、交渉を妨害するためにテロを挙行したということになります。しかし、別の仮説も成り立つのです。

どのような仮説ですか?

交渉が妥結すれば、アメリカ軍が撤退してくれるわけです。それは反政府側が勢力を挽回するチャンスになります。ですから政府側は、アメリカ軍の撤退を望んでいないはずです。そこでアメリカに翻意を促すためには、反政府側は信用できないと示す必要があります。これは想像したくないことですが、アメリカ軍を引き止めるために、政府側のだれかがテロを自作自演した可能性もゼロとはいえないのです。
それからもう一つ。反政府組織といっても一枚岩ではありません。そのなかにはトランプ大統領の呼びかけに応じ、政府側との交渉に臨もうとしている穏健派もいれば、断固政府と戦うべきだとする強硬派もいます。この強硬派が交渉を決裂させるためにテロを仕組んだとも考えられます。事程左様に今日のアフガニスタン情勢は混とんとしているのです。

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河原地英武<京都産業大学外国語学部教授>
東京外国語大学ロシア語学科卒。同大学院修士課程修了。専門分野はロシア政治、安全保障問題、国際関係論。俳人協会会員でもあり、東海学園大学では俳句創作を担当。俳句誌「伊吹嶺」主宰


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