かわらじ先生の国際講座~核兵器禁止条約と日本

今年は原爆投下から74周年です。8月6日、松井一実・広島市長は平和宣言のなかで「日本政府には唯一の戦争被爆国として、核兵器禁止条約への署名・批准を求める被爆者の思いをしっかりと受け止めていただきたい」と述べました。また8月9日、田上富久・長崎市長はさらに厳しいトーンで「日本政府に訴えます。日本は今、核兵器禁止条約に背を向けています。唯一の戦争被爆国の責任として、一刻も早く核兵器禁止条約に署名、批准してください」と平和宣言のなかで訴えました。両都市の平和祈念式典には安倍首相も参列し、スピーチを行いましたが、核兵器禁止条約に触れることはありませんでした。これはどういうことでしょう?

まず核兵器禁止条約について簡単に述べますと、核兵器の完全な廃絶を目指す国際条約で、2017年7月7日、国連において賛成多数で採択されました。この条約成立に大きな役割を果たしたNGO連合体(2017年10月現在、101ヵ国から468団体が参加)のICAN(核兵器廃絶国際キャンペーン)が2017年にノーベル平和賞を受賞しました。その中心的な活動家であるサーロー節子さん(ご自身も被爆者)がメダルと賞状を受け取り、受賞スピーチを行いました。次の動画をご覧ください。感動的な力強いスピーチです。

思い出しました。一昨年の12月でしたね。日本人がノーベル賞を受賞すると過剰なほど熱狂するマスコミが、このときは割と地味な報道をしていた印象があります。この条約に反対の立場をとる日本政府に「忖度」したのでしょうか?

そういえば「忖度」が流行語大賞になったのもこの年の12月でしたね。このケースも「忖度」の一つだったかもしれませんね。サーロー節子さんは先のスピーチのなかで「核武装した国々の当局者と、いわゆる『核の傘』の下にいる共犯者たちに言います。私たちの証言を聞きなさい。私たちの警告を心に刻みなさい」と述べました。安倍首相と日本政府は「共犯者」と名指しされたわけですから、マスコミ上層部も取り扱いに困ったことでしょう。

そもそも日本政府はなぜこの条約に反対なのですか?

日本政府の立場については、次の外務省のホームページを見てください。そのページの「核兵器禁止条約と日本政府の考え」の項をクリックすれば、やさしい言葉で説明されています。

その内容をわたしなりに整理すれば、こうなります。

核兵器の問題には人道的な側面と安全保障の側面がある。人道的な見地からすれば、日本も核兵器の完全廃絶を目指す点で一致する。しかし核兵器禁止条約には安全保障的な考慮が欠如している。実際には北朝鮮が核・ミサイルの開発を進め、日本の安全を脅かしている。日本は日米同盟の下で、アメリカの核抑止を必要としている。いま日本が核兵器禁止条約に賛同すれば、アメリカによる核抑止の正当化が失われ、日本国民の生命・財産を危険にさらすことになる。また、この条約は、現実に核抑止を必要とする国々(核保有国・非保有国を含め)と、核兵器禁止条約支持国とのあいだの対立をもたらすことになる。日本の使命は、このような対立を解消し、前者と後者の橋渡し役を務めながら、核兵器のない世界に向けて努力することである。以上のように要約できます。

しかし核兵器禁止条約は、国連の多数決で採択されたのでしょう。採択された以上、日本も従わざるを得ないのではないですか?

そこが国際法の難しいところです。条約が効力をもつためには「採択」「署名」「批准」「発効」という手順を踏まねばなりません。次の日本赤十字社のサイトに用語説明があります。

2017年7月7日、122ヵ国・地域がこの条約に賛成し、圧倒的な多数をもって国連で採択されたわけですが、採択というのはあくまで総意の表明に過ぎず、拘束力はありません。ちなみに核保有国と日本やNATO加盟国など「核の傘」に入っている国々は、この条約に不参加を表明しています。ところで条約が効力をもつためには、賛成した国がこの条約に署名し、さらにそれぞれの国の国会で審議の上、承認される(批准される)必要があります。今のところ、賛成国のうち70ヵ国が署名し、そのうち20ヵ国が批准しています。なおこの条約は50ヵ国が批准してから90日後に発効する(効力をもつ)と規定されています。しかし仮に発効しても、日本など非参加国は従う義務がないのです。

とすると、核兵器禁止条約が国連で採択されたからといって、国連加盟国すべてに従わせる力があるわけではないのですね……。

はい。国際法は国内法と違って強制力がありませんし、実際にはいろいろと抜け道があります。ですから、この条約成立に尽力した人たちも、やっと核兵器廃絶の「終わりの始まり」にこぎつけたばかりだと位置付けています。まだまだ長くて厳しい道のりを覚悟しているのです。

ところで日本の立場はこのままでよいのでしょうか?

国家の論理でいったら、日米同盟を最優先することは大事でしょう。アメリカの「核の傘」に入り、その核抑止力に依存することは、単に安全保障の見地だけでなく、アメリカとの良好な関係を続けていくうえで得策なのだと思います。また、アメリカにせよロシアにせよ、あるいは中国などの核保有国は、これからも自らの「既得権益」を手放すことはないでしょう。核開発を進めることに利益を見出すものがいる以上(例えば軍産複合体)、国益の名の下に、今後もさらに高性能な核兵器が作られていくでしょう。現にアメリカとロシアはINF全廃条約を破棄し、新たな中距離核ミサイルの開発に乗り出しています。

悲観的ですね。しかしそれでは滅びの道に至るのではありませんか?

はい、このままでは前途は暗澹たるものです。アメリカをはじめとして、「自国ファースト」全盛の時代にわれわれは生きています。政治学には「国家理性」という用語がありますが、その「理性」は失われています。とすれば、国家ではない主体が理性を発揮し行動するよりほかありません。すなわち、広島や長崎をはじめとする地方自治体、国家を越えたNGOとその連合体(ICANなど)、そして、一国に縛られた国民ではなく、地球規模の市民としての人々の自覚と行動(「言うは易く行うは難し」ですが)に未来は託されています。

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河原地英武<京都産業大学外国語学部教授>
東京外国語大学ロシア語学科卒。同大学院修士課程修了。専門分野はロシア政治、安全保障問題、国際関係論。俳人協会会員でもあり、東海学園大学では俳句創作を担当。俳句誌「伊吹嶺」主宰


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