Weekend Review~「サンダカン八番娼館」

「天草とサンダカン」。平成31年1月9日、京都新聞夕刊の「現代のことば」に挙げられたこのタイトルに釘付けになりました。コラムの執筆者は京都府立大学 欧米言語文化ドイツの教授・青地伯水氏という方です。平成30年7月に「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」が世界文化遺産に登録されたこと、その同じ年の十月に女性史研究家・山崎朋子さんが亡くなられたことから、「からゆきさん」という貧しさゆえに東南アジアのボルネオ島へ売られた、主に天草・島原の女性たちの存在について書かれたものでした。

コラムを読んだ時、あぁ、ここに目を向けてくれる人はいた!と心が震えました。世界文化遺産の登録で『天草』という地名を目にした時、私の中で真っ先に浮かんだのは苦悩の隠れキリシタンではなく、小学生の頃に見た映画「サンダカン八番娼館 望郷」(1974年/熊井啓監督)のシーンです。

天草に住む貧しい家族の犠牲となって13歳で東南アジアのボルネオ島へ300円で売られたサキさんという女性が、サンダカン八番娼館で下働きを経て、15歳で日に何十人もの現地の男性や寄港した日本の軍艦から降りてくる男たちにわが身を鬻がねばならなかった生き様を描いた作品で、国そのものが国際的人身売買と非難され、国家の恥と葬ってきた“からゆきさん”の存在を改めて知らしめたといえるのではないでしょうか。映画ではボルネオから帰国し老婆となったサキさんを田中絹代が、娼館にいた頃の若いサキさんを高橋洋子が、そしてからゆきさん調査のために極秘で天草の地を訪ねる研究者を栗原小巻が演じていました。

1980年代に「ジャパゆきさん」という言葉と共にアジア各国から日本に出稼ぎに来た女性たちが注目されたことがありましたが、からゆきさんはそれよりもずっと前、19世紀後半に東アジアや東南アジアにわたり、娼婦として働かされていた日本人女性たちのことです。その多くが長崎県島原半島・熊本県天草諸島の女性で、女衒(ぜげん)と言われる斡旋業者が貧しい家々から“女の子”たちを買い集め、船底や船倉に閉じ込めて(現地に着くまでに高温などで亡くなる子も多数いた)、各娼館へ連れて行きました。彼女たちは働けど働けど、不法に負わされた借金に苦しみ、梅毒や栄養失調などの病気に侵され若くして亡くなっていくことも珍しくはありませんでした。

しかし主人公のサキさんのように無事勤めあげ、蓄えた大金を持って帰国できたとしてもそこは懐かしい“故郷”でなく、村の厄介者扱い、またはからゆきさんという差別的視線にさらされ、どちらの国にも彼女の安住の地はなかった……という話。その後のサキさんの人生には、また苦難が待ち受けるのですが、それは読んでいただくとして、著者の山崎朋子が体験を通して描かれた「サンダカン八番娼館」は、もちろん本で読んでいただきたいと思うのですが、可能であれば映画もぜひ見てほしいと思います。

出版、上映から40年以上経て今なお、世界的に「女性」の性を取り巻く問題は、根本的に変わりはありません。その背景には貧困という問題だけではなく、国さえもある意味、目をつむる、認める(あるいは存在を認めない)、そして私たちも目をそむけてきた(そむけている)人間の深潭に潜む部分です。それは遠い世界のことでもなく、身近と言うなら身近なこと。正直、あたりさわりなく書き終えられることではないので、私としては、この書籍と映画の存在を改めて拡める機会が、この度の世界文化遺産の認定であったと感じるのです。

コラムの青地氏が最後に書き、書籍でも確か最後の締めとして描かれていたのは、サンダカンの娼館で亡くなった女性達の墓は、すべて日本に背を向けて建てられていたという光景。その事実に気づいた著者の衝撃は、映画を見た小学生だった私の心にも突き刺さる女性の哀しみでした。(ふるさとかえる)


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