かわらじ先生の国際講座~北方領土問題のゆくえ

11月14日、シンガポールで日露首脳会談が行われました。領土問題と平和条約が主要テーマだったようですが、その後の一連の報道を見ますと、日露双方の思惑がだいぶ異なっているようですが。

日本側としては、1956年の日ソ共同宣言を土台として、まず2島(歯舞・色丹)返還に道筋をつけ、残りの2島(国後・択捉)についても日本の主権を認めさせる中で平和条約締結へと話を進めたいと考えています。これに対しロシアは、日ソ共同宣言を土台とすることに反対はしないが、この宣言は日本にあっさり2島を渡すことを意味しない、つまり歯舞・色丹の主権が日露どちらにあるのか、という点から話し合わねばならない、と言っています。

どうやら日ソ共同宣言をめぐる解釈からして、両国に大きな溝があるようですね。

はい。この宣言について簡単に説明します。本来なら、1951年のサンフランシスコ平和条約によって、日ソは第二次世界大戦の終結を確認すべきでした。しかし冷戦のさなかということもあり、ソ連はこの平和条約に調印しませんでした。したがって日ソはその後も国際法的に戦争状態が続いていたのです。1956年、とにかく戦争状態だけでも終結させようということで、日ソ共同宣言が出されたわけです。その第9条に次のように書かれています。「ソヴィエト社会主義共和国連邦は、日本国の要望にこたえかつ日本国の利益を考慮して、歯舞群島及び色丹島を日本国に引き渡すことに同意する。ただし、これらの諸島は、日本国とソヴィエト社会主義共和国連邦との間の平和条約が締結された後に現実に引き渡されるものとする。」

なぜこれが速やかに履行されなかったのですか?

一つには、1960年に日米安保条約が改正され、ソ連を仮想敵とする日米同盟が強化されたため、ソ連は「日本がこのような反ソ的政策をとるなら、共同宣言の話はなかったことにしよう」と主張したこともありますが、日本側も「歯舞・色丹だけではだめだ。4島一括返還以外は受け入れられない」との意見が政府与党の大勢を占めたため、結局、この日ソ共同宣言は、長らく顧みられることもありませんでした。ところが2000年、大統領に就任したプーチンが、日ソ共同宣言を両国関係改善の土台にしようと日本に提起してきたのです。当初日本側は、2島だけで妥協を余儀なくされるのではないかと警戒心を抱きましたが、その後、プーチン政権が頑なな姿勢をみせるようになったので、今度は安倍首相のほうが熱心にこの共同宣言を取り上げるようになった次第です。

プーチンは2島なら返してくれますか?

今のプーチンにそのつもりは皆無です。日ソ共同宣言に記されている「(2島を)引き渡すことに同意する」という文言は、主権まで日本に渡すことを意味しないとプーチンは言っているのです。つまり、この2島を日本に使わせてやってもいいが、あくまでもロシア領であることに変わりはないということです。さらに最近のプーチンは、日米同盟がある限り、領土は渡せないとも発言しています。日本がアメリカとの関係を断ち切ることは考えられませんから、事実上、領土は日本に渡さないと宣告しているようなものです。さらに言うと、ロシアは2016年~2025年まで「クリル諸島の社会的経済的発展計画」を策定し、北方領土に大規模な投資を行っています(北方領土はクリル諸島に含まれます)。さらにはこの地にロシア軍とミサイル基地も配備しています。日本に渡す気がないことは明らかでしょう。

安倍首相は来年1月にモスクワを訪問し、交渉を加速化させる意向を示していますね。

日本政府周辺から流される情報やマスコミ報道を見ますと、2島返還は確実で、あとはどれだけロシアが譲歩してくるかが焦点だといった憶測が目につきますが、わたしはそのような楽観的見方が広がることを危惧しています。そうならない場合、失望感が広がり、反ロシア的気運が一気に強まることを恐れるためです。今のロシアは2島どころかゼロ回答なのです。1島も帰ってこない公算が極めて高いことを肝に銘じておくべきです。

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河原地英武<京都産業大学外国語学部教授>
東京外国語大学ロシア語学科卒。同大学院修士課程修了。専門分野はロシア政治、安全保障問題、国際関係論。俳人協会会員でもあり、東海学園大学では俳句創作を担当。俳句誌「伊吹嶺」主宰。


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