追悼 金子兜太さん

 

時事通信の誤報騒ぎがあったので、逝去のニュースを一瞬疑ってしまいました。金子さんには担当しているラジオ番組に電話出演して頂いたことがありました。25歳の時に帝国海軍主計中尉として南太平洋のトラック島に赴任。多くの兵士が飢えや病で命を落とし、1年4ケ月の捕虜生活を経て、島を離れる船の上で読んだ俳句「水脈(みお)の果て 炎天の墓碑を置きて去る」が今も金子さんの俳人としての原点だとおっしゃっていました。
現地では俳句は自由に作れたけれど、内地では治安維持法があって「京大俳句」の思想が危険として弾圧されたとのこと。小林多喜二や宇治の山本宣治は知っていたけれど、京大生が弾圧を受けたことは、京都で生まれ育ちながら、その時、初めて知りました。自らの戦争体験から戦争をする国にしてはならないと「アベ政治を許さない」と揮毫された金子さん。放送日は2015年8月15日で、TBSの永六輔さんの番組への出演と重なるため、前の週に収録させて頂きましたが、金子さんも永さんも鬼籍に入られてしまいました。
「戦争を知らない世代が政治の中枢になったときはとても危ない」と田中角栄元首相が言ったそうです。戦争体験を直接聞いたことがない世代が有権者の主流になったときもとても危ない。戦争を知る世代がどんどんいなくなっていく現実を前に、戦争を知る世代から直に話を聞き、肌感覚で戦争を追体験した世代は、少しでもそのことを次の世代につなぐ義務があると金子さんの訃報に接して再認識しています。(モモ母)